慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
MAUI Project
博士論文

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学位取得年度 2009年度
氏名 片岡 広太郎 ( KATAOKA, Kotaro )
論文題目 IP Network Architecture Over Uni-directional Broadcast Media
(片方向ブロードキャストメディアを用いたIPネットワークアーキテクチャ)
論文要旨

本研究は,片方向ブロードキャストメディアをインターネットで応用するためのネットワークアーキテクチャを提案し構築した.本アーキテクチャでは,片方向ブロードキャストメディアをインターネットにおいて透過的な,双方向のブロードキャスト型データリンクとして用いる.本研究では,インターネットとの透過性をネットワークアーキテクチャの設計方針とし,片方向衛星回線や地上デジタル放送システムなどを活用したインターネット接続環境で課題となる,ネットワークの大規模性に起因する問題の解決や,日本のデジタル放送システムで実際に動作するIPネットワークの試作と実証実験による検証,そして片方向衛星回線を用いた広域ネットワークにおける運用手法の提案と検証に取り組んだ.本研究が提案したネットワークアーキテクチャは,地上系通信網と片方向ブロードキャストメディアとを有機的に調和させた,新しい情報インフラストラクチャの実現に貢献すると期待できる.

片方向伝送路(Uni-directional Link: UDL)は,送信局から単一または複数の受信端末に対して一方向の接続性をもつネットワークトポロジであり,効率的な帯域利用と規模性はネットワークとしての実用性を担保するうえで必要不可欠である.本研究は,Link-layer Tunneling Mechanism (LLTM)を用いて構築する大規模なIPネットワークを動作させる手法として,(1) LLTMのトンネル終端ネットワークにおける負荷低減,(2) 片方向伝送路でのメッセージ交換を必要としないネットワーク層・データリンク層の連携,そして(3) 受信端末間の通信に双方伝送路(Bi-directional Link: BDL)を用いるための近隣探索を提案した.これらの手法は,分散配置されたトンネル終端ノードと受信端末とが互いの情報を持ち合うことで成立する「Adjacency」の概念にもとづいて,受信端末がその状態をUDLの送信局側ネットワークに通知し,送信局側ネットワークで構成される分散データベースを管理・活用することで実現する.Adjacencyの導入によって生じるトレードオフとして,制御メッセージの集中が挙げられる.本研究では,この課題を解決するために,分散配置するトンネル終端ノードの数とデータベースの冗 長度をネットワークの規模に応じて変更可能にし,受信端末に制御メッセージの送信間隔を通信状況に応じて動的に制御する機構を導入した.IPv6アドレス自動設定をシミュレーションによって動作させた性能検証では,既存のアーキテクチャの規模性は,単位時間あたりにUDLで伝送される制御メッセージ数が受信端末数に応じて線形増加するO(N)であった.その一方で,本研究が提案したアーキテクチャにおいてUDLで伝送すべき制御メッセージは,上流ルータやトンネル終端ノードが定期的に送信する広告のみである.シミュレーションによる同様の性能検証では,UDLの送信局側ネットワークにおいて集中する制御メッセージを分散処理しながら,単位時間あたりにUDLで伝送される制御用メッセージ数は2pps程度に一定化できた.本研究は,トンネル終端ノードのダイナミックな運用や受信端末における制御によって,接続ノードの識別や通信を開始・継続するためメカニズムの規模性が,受信端末数に左右されないO(1)に向上できることを示した.また,受信端末間の通信経路として,トンネル終端ネットワークを経由しないBDLも選択可能とすることで,受信端末間の通信が最適化できることを示した.

デジタル放送システムをインターネットの伝送路として活用できれば,テレビやラジオ,データ放送などといった既存の枠組みにとらわれない,新しい情報サービスの実現が期待できる.しかし,インターネットとの透過性を重視したデジタル放送システムの活用について,十分な経験が得られているとは言い難い.本研究では,デジタル放送の伝送システムとして一般的に用いられているMPEG-2 TSネットワークにおいて,LLTMによって双方向のブロードキャスト型データリンクを実現し,IPv6をネットワーク層プロトコルとして動作させるIPネットワークを試作した.本ネットワークはISDB-TSBをデジタル放送の伝送システムとして採用し,日本のデジタル放送運用ガイドラインに準拠して動作するよう構築した.ISDB-T SBシステムでのIPデータグラム伝送には,EthernetのLAN接続とMPEG-2 TSネットワークのブリッジとしてIP Encapsulatorを導入した.東京タワーから送信される実放送波を用いたシステムの実証実験では,IPv6を用いた通信がユニキャスト・マルチキャストともに動作し,本研究が提案するネットワークアーキテクチャの有効性を実証した.

UDLを用いたIPネットワークにおける運用面でのエンジニアリングでは,データリンクの構成手法やアプリケーションの最適化など様々な手法が導入されてきた.本研究では,UDLの効率的な帯域利用,ネットワークとしての規模性,そしてUDLとBDLが利用可能な環境における経路制御の面から,アジア地域をカバーする広域衛星インターネットを念頭に置いた運用技術を提案した.本研究が提案した運用技術は,片方向衛星 回線の特性を活かしたIPマルチキャストやQuality of Service,映像・音声を用いたアプリケーションにおける所要帯域の最適化などを実現するものであり,実衛星回線を用いたインターネット基盤に適用し,実証した.この一連の取り組みは, 片方向ブロードキャストメディアをインターネットで応用する際に想定される運用面の問題解決に貢献する先行事例として位置付けられる.

本論文は,片方向ブロードキャストメディアと地上系通信網との協調によって可能となる新しい情報インフラストラクチャの実現に向けたネットワークアーキテクチャを提示した.そして,基盤となるネットワークプロトコルの設計・検証,デジタル放送システムや片方向衛星回線を用いたインターネット基盤の構築・運用を通じて,その有効性を示すものである.

(キーワード)
片方向ブロードキャストメディア,インターネットとの透過性,規模性, システム実証,運用技術

連絡先 本文が必要な場合は下記までご連絡ください。
片岡 広太郎 ( kotaro at sfc.widea.d.jp )


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