演出家達


生まれてこの方聞こえてきた音は すべて記憶に保管されて
いつか 思い出されるチャンスを待っている

音だけじゃない

放課後の教室で消えてゆく彼らの体温 いつもの空き地に抜ける路地に立つ陽炎
頬を打つ雪まじりの海風 一人きりの台所でフライパンの暖まってゆく匂い

そんな些細なものどもも しっかりファイルされていて
なぜか どんなきっかけか 引っぱり出されて来るのだ

それを 並べ替え 重ね合わせる作業のなかで 何故か 知らないものが手に入ることがある
そんな限りない「探し物」を 懲りずに続けてる愚か者どもが 作り手という人種だ

さまざまなタイプの経験を 限定されたメディアに込めなければならない
そこには窮屈さや 悲しさがつきまとう

と 思っていた
演出家という種類の人々に接するまでは

彼らは 限定されたメディアを持たない作り手だ

いや
僕らが心のうちで秘かに楽しんでいる「探し物」の過程そのものをお見せする
という 極めて自虐的なメディアを選んでしまった人々

彼らのイタミは想像に余りある


そんな彼らと僕の係わり方を いくつかのケースで説明しよう


 劇団Y

以前この劇団の演出家が 芝居を料理に例えていたので それに倣おう

劇団員が腕によりをかけて拵えた食材を
味を重ね組み合わせ メニューに並べるシェフが演出家だ
そして僕は そこにさまざまな香料を振りかけたりかけなかったりする

さて 場当たり お皿を拝見...
滑らかに泡立てられたれた新鮮な生クリーム だが魚醤味...だよな これ
香ばしく焼けた仔牛肉のロースト に見えるが付け合わせには光るジェリービーンズが...

どんな香りかは想像もつかんわけなのさ

これはどうです? 食えたもんじゃない...? やっぱり...

だから香料は1週間前までに決めてくれと申し上げた筈! とシェフ
しかし この香りは ここでしかお試し頂けないのです... と僕

お互いの主張は我が事のようなのに かなえられない歯がゆさ



 劇団T というかO

演出家Yは常軌を逸した照れ屋だ
言いたいことは何も言わない

そもそもなぜ言葉を扱わなきゃ埒があかない稼業を選んだんだ?
コトバにしてしまった瞬間 腐り始めることを知ってしまったから こそ なのか?


彼はサウンドトラックを作ることから演出を始めることが多い らしい
らしい というのは僕が稽古場に呼ばれるのは だいぶ遅い時期だから

僕はサウンドチェックの時間に彼らの探し物の旅の過程を追う
その世界ではどんな音がどんな空間にどんなカタチで聞こえているのか?

そもそも 本当に「聞こえている」のか?

そんなことを考えながらサウンドトラックを劇場の空間に配置していると
ふとYの不安そうな視線を感じる

あー これはオレの勘違いなのね スマンスマン



んなわけで 探し物の旅の道連れでもあり 我儘なボスでもある彼らとのお話
まだつづく気配です
 
 
 
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