1999年 春学期 Term Paper
「オンラインソフトウェアのメリット・デメリットについて」

慶應義塾大学環境情報学部1年
仲山 昌宏(NAKAYAMA Masahiro)
masa@sfc.wide.ad.jp

背景

私は、常日頃、一般に市販されているいわゆる「パッケージウェア」よりも、 古くはNIFTY SERVE等のパソコン通信、 現在ではインターネットを基盤として配布(あるいは販売)の行われている「オンラインソフトウェア」を好んで使っている。 このタームペーパーでは、オンラインソフトウェアのメリット・デメリットをまとめてみたい。
なお、ここでは、日本においての Online Software Community を主な対象としているため、 たとえば Linux や GNU のような、 Hacker Community は直接には対象としていない。

オンラインソフトウェアとは

まず、ここで扱う「オンラインソフトウェア」を私なりに定義してみたいと思う。

「オンラインソフトウェア」という言葉を素直に解釈すれば、 オンライン、すなわちネットワーク上の、ソフトウェアということになる。 さすがにこれでは曖昧すぎるので、多少意味を狭めると、 ネットワーク(パソコン通信やインターネット両方を含むと考えて良いだろう)を、 以下のように用いているものだと考えられる。また、以下以外にもネットワークを利用しているものも含まれよう。
なお、いわゆる「フリーソフト」のように料金のないものは、料金回収手段については考えなくても良いだろう。

  1. 配布手段(WWW等)
  2. 料金回収手段(オンライン決済等)
  3. ユーザサポート手段

オンラインソフトウェアの最たる特徴と言えば、良質で使いやすいソフトウェアを、 パッケージウェアに比べて割安に手に入れることができることだろう。 元来、日本においてはオンラインソフトウェアと言えばフリーなソフトウェアであった。 ただ、日本的にはオープンソースでない場合が多いが、 それは単に利益保護ではなく面倒だったりバイナリ配布で事が足りるからだろう。 現に、私はソースコードを配布していない作者に対し、 そのソフトウェアへの興味からソースコードを見せてくれないかと頼んだところ、 快く承諾してくれた。どちらかといえば、自分の書いた稚拙なコードを人に見せるのが恥ずかしい、 という方が大きいのかもしれない。
また、現在広く流通している「シェアウェア」についても、元は作者のやる気が出るように、 日本酒等の実物を、「もし気に入ってくれたら送って下さい」という感覚だったのが、 Windows時代となって開発に資金がかかるようになって、 その一部を負担してもらう、という様に辿ってきたため、 もとから販売して利潤を出すことを目的として作られたソフトウェアとは、 元となるところが違う、ということもあるだろう。
ただ、現在では、利潤を出すためのソフトウェアについても、 積極的にネットワークを利用することで大きな利益を生み出している場合が多くある。 具体的には、WINAMPや、秀丸エディタ等があげられるだろう。 ただ、日本においてはそれほどオープンソースの基盤が無いため、 一人ないし数人のグループの作者という場合がほとんどであり、 大規模なオンラインソフトウェア、というのはかなり数が限られる事も事実である。 だが、これについてはオープンソースの基盤が日本でも整うことで、 解消していく可能性も高い。

何がそんなに良いの?

おそらく、オンラインソフトウェアをそれほど利用していない人は、こんな疑問を持つに違いない。 『マイクロソフトやジャストシステムみたいな大きな企業のソフトを使った方が安心だし、 サポートや保証もしっかりしてるんじゃないの?どこがそんなに良いわけ?』と。

この質問には、様々な誤解が含まれるので最後まで答えるのはおいておくとして、 とりあえずは上記で上げた3つのネットワークの利用の仕方について、それぞれ考えていこう。

Case1: 配布手段

まずは、ソフトウェアを店頭で販売するのとネットワークで配布するのでどこが変わるのか。

最初にあげられるのは、配布にかかる費用が格段に減ることだろう。これは自明である。 一つのソフトウェアパッケージを店頭に並べるには膨大な費用がかかる。 そして、これはそのパッケージの価格にそのまま上乗せされる。 具体的には、ソフトウェアパッケージ自体の制作費(CD-ROMや各種マニュアル、梱包等)と、 問屋や小売店での経費や利潤が加えられると見て良いだろう。
これを全てネットワーク上で済ませば、このどちらも必要なくなり、 その分ソフトウェア自体の価格を下げることが可能になるだろう。

ここで問題となるのは、店頭での宣伝ができなくなることだろう。 だが、この点については以下のような別の手段を用いることができると予想している。

唯一の問題点は、現在のネットワーク(特にインターネット)は、 数100MBというような大容量を転送するには非常に多くの時間がかかり、 少なくとも一般のダイヤルアップ接続のような環境には適さない、と言うことだろう。 だが、この点についてはネットワーク技術の進化によって、数年のうちに解消されるだろう。

Case2: 料金回収手段

次は、料金回収手段だが、これは特にネットワークするメリットは少ないかもしれない。 また、高度な暗号化技術により、ほぼ確実に安全な商利用が可能になってはいるが、 クレジットカードの番号をネットワーク上を流すことを不安に思う人が少なくない現在では、 むしろデメリットとなるかもしれない。

Case3: ユーザサポート

さて、このユーザサポートだが、これがオンラインソフトウェアの核となる部分だと私は考えている。 だが、実際にはオンラインソフトウェアのユーザサポートにおいて重要なことは、 ネットワークを経由していることではなく、このタームペーパーの題でもあるオンラインソフトウェアの、 ユーザコミュニティを中心としていることである。

「オンラインソフトウェアのユーザコミュニティ」

これは、そのソフトウェアによって様々だと思うのだが、 ある特定のソフトウェアないしその作者を中心に、 そのどちらかないし両方を気に入っている人同士で集まることで、 そのソフトウェアについての、面白い利用法などの様々な情報交換をしていることが多い。 また、実際にはそれだけでなく、それぞれが色々な形でその作者に協力をすることも多い。 たとえば、メーリングリスト(NIFTY SERVEであれば会議室だろう)で、 様々な質問に答えたり、「簡単な使い方」等のWebサイトを立ち上げてみたり、 また危険なベータテストに喜んで参加したりなど、様々な形がある。

具体例を挙げるとしよう。
AirCraft というソフトウェアがある。 これは、NIFTY SERVE 用の統合通信環境であり、 MS-DOS 版から含めると、かなり長い歴史を持つソフトウェアである。

この AirCraft、そしてその作者 DUDE さんのユーザコミュニティは主に、 FAIRTERM と呼ばれるAirCraftのユーザフォーラムと、 「AirCraft ベータテストルーム」と呼ばれる、その名前の通りの参加者限定会議室に分布している。
FAIRTERM では、初心者の質問や新機能についての要望などのサポートなど、 技術的やライセンス的なものを除いてほとんどがAirCraft のコアなファンを中心として運営が行われている。 また、あまり関係ないが、フリートークの会議室では、AirCraft とは全く関係ない話題も行われている。
実際に、DUDEさんがサポートとしてする事とすれば、上記に上げたような技術的やライセンス的な問題や、 今後のロードマップ等を示すこと位だろう。そして、初心者のFAQに答える時間を、 ソフトウェア自体の開発に回すことができるし、現実的にそんなことは不可能だろう。

別なメリットもある。 電話等によるサポートであれば諦めてしまうような、些細な機能改善の要望であっても、 他の発言と同じ感覚で、気軽に要望することができる。 また、ネットワーク経由と言うことで、作者側もその要望に可能ならばすぐに応じることもできる。 これは、まさに中間を含まないネットワークならではの利点だろう。 これがユーザ側から見たオンラインソフトウェアの最大のメリットである。 上記のAirCraftにおいても、日々様々な要望が会議室に書き込まれ、 そのうち3つに1つ位の割合で、その要望内容に対して別の人からの意見も書き込まれ、 具体的な要望として煮詰まっていくのを目にしている。

コミュニティに参加する目的

ところで、彼らは、なぜ無償で協力するのだろうか。
その大きな答えの手がかりは、Eric S. Raymond氏の、オープンソース運動を著した有名な3論文のうち、 「ノアウスフィアの開墾」にある「贈与の文化」である。 彼らはそれぞれその作者にどれだけ協力しているかで、そのコミュニティの内部で評価されたりする。 多少異なることがあるとすれば、実際にコードを書いているのはソフトウェアの作者だけであり、 所有権が明確であることだろう。

なぜコードを書かないかと言えば、日本では Hacker がそれほど居ないと言うことがその最大要因だろう。 また、ソフトウェアのあくまで利用者を核としているこのコミュニティでは、 それほどコードを書く必要性が薄い、と言うこともある。 現に、プラグイン等を作れるソフトウェアでは、コードをかける人によって、 色々なプラグインが作られていることも多い。

まとめてみよう!

ここまでにあげた、オンラインソフトウェアのメリット・デメリットをまとめてみよう。
まずはオンラインソフトウェアのメリットからだ。

次はデメリットである。

結論

最後に、オンラインソフトウェアの今後について考えてみたい。

シェアウェアという概念が、秀まるお氏による秀丸エディタ/秀Termによって確立して以来、 オンラインソフトウェアの主流はフリーソフトからシェアウェアへと移り変わった。 この、シェアウェア化の流れは、安易なシェアフィーを取ることにも繋がり、 "Hello, World!"に毛が生えたくらいの中学生プログラマが、 何もしないプログラムを「メモリ最適化ツール」としてシェアフィーを取り、 オンラインソフトウェア自体の信用に関わる問題となった通称 CompJapan 事件も、記憶にまだ新しいところである。
だが、今年に入って状況が変わった。それが Linux の一般市場への普及である。 Linux によって、日本にオープンソースという概念が紹介され、 つい最近になって、オープンソースの一種の定義である GPL を元に配布されるオンラインソフトウェアがある程度出始めてきた。 Eric S.Raymond 氏の「魔法のおなべ」ではないが、 昨年にフリーソフトからシェアウェア化された WINAMP の、再度のフリーソフト化は フリー=オープンソースを基盤として利益を得る時代となった、一種の象徴といえよう。
私は、今後はシェアウェアも存在しながらも、 オープンソースなソフトウェアがより主流となっていくことを予想すると共に、 そうなることを願うものである。