マルチユーザ型仮想現実システム
"MAARE"の設計と実装

能登 信晴

慶應義塾大学 環境情報学部
徳田・村井研究室

noto@sfc.wide.ad.jp

1996年 3月 8日

概要

本論文では、マルチユーザ型仮想現実システムMAAREの設計と実装につ いて述べる。

コンピュータがネットワーク接続されるようになり、コンピュータの役 割は個人能力の拡大を目指す道具から、個々人のもつ能力や知識を複数 人で共有するための支援環境へと変化しつつある。そのような支援環境 の一つに、MOO (Multi-user dungeon, Object Oriented)がある。これ は、サーバ・クライアント型で構築され、ユーザはネットワークを介し てログインすることで、時間と仮想的な場所を共有し情報交換や協調作 業を行うことができる。この仮想的な場所では、仮想的なオブジェクト とそれに付随するメソッドをユーザレベルで作成し、サーバのデータベー スにおさめることができる。また、MOOは仮想的な共同体システム、あ るいは社会システムの実験環境にもなっている。

このようにMOOは様々な可能性をもつが、一方で扱うことができる情報 が文字情報に限られるという制約をもつ。この制約によって、共同描画 ツールや共同文書エディタ、ビデオ会議システムなどの協調作業に頻繁 に用いられるアプリケーションが構築できない。この問題に対して、様々 な研究がなされており、ビデオや音声を用いた会話を仮想世界で行える ものもある。しかし、こういったアプローチでは、仮想世界のありかた を3次元コンピュータ・グラフィックスに限定するなど、新たな制約を 課している。仮想現実のアプローチには、現実世界の模倣を仮想世界に 構築するものと、仮想現実の特性にあった世界を構築するものの二つが ある。後者をとることによって、人間が今まで体験し得なかった世界を つくり出すことができる。このコンピュータによって新たに生起される 現実感を「もう一つの現実(Another Reality)」と呼ぶ。

本研究では、MOOの制約を解消するとともに、仮想世界の記述者が望む ユーザ・インタフェイスで仮想世界を記述できるAnother Reality指向 の仮想現実システムMAARE (MOO Architecture, Another Reality Enhanced) を設計し、プロトタイプ実装を行った。MAAREでは、MOOの機 能に加えて、文字、画像、音声、ビデオ、各種グラフィカル・ユーザ・ インタフェイスのコンポーネントなど、あらゆる形の情報形態を、仮想 世界のオブジェクトと連動してクライアントで利用できる。これは、仮 想世界の状況にあわせてクライアントがプログラムをWorld Wide Webの 任意のデータベースから読み込み、実行することで実現される。また、 クライアント側で自由にネットワーク上の資源へ接続が行えるため、サー バを介さないクライアント間のコミュニケーションや、クライアントか ら直接World Wide Webなどの任意のサービスに接続を行うことができる。 したがって、仮想世界の記述者は、サーバ側のオブジェクトの記述と、 クライアントが読み込むプログラムを記述することで、自在に仮想世界 のありかたを規定することができる。実装は、サーバ側はフリーウェア として公開されているMOOのサーバ・システムを基に変更を加え、クラ イアント側はあらかじめセキュリティに対する配慮がなされているJava 言語を用いて開発した。その上で、実装したプロトタイプ上で動くアプ リケーションの試作を行い、定性的な評価を行った。その結果、他のシ ステムと比較して機能面と仮想世界記述の自由度の面で優れ、Another Realityを探るための有効な基盤を提供できることが明らかになった。


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