その様は、五感を撫でるような美しさだった。
シンクレアの指から落ちる音は、まさにしずくの響きを聴く思いだった。一滴一滴がどれもほんの一瞬の光を放って淡々と落ちていく。しずくは次第に重なり、流れる水に変わり、弦楽のうねりとともに高まることもあった。そういうとき、弦楽が短い悲嘆の叫びを上げ、その下でピアノがうねり上がり、また弦楽が悲しげに叫び、ピアノがそれをすくい上げる。中間部でさらに遅々としたアダージョになったとき、ピアノは再びしずくになった。前よりもっとひそやかな一滴が、旋律の彼方に落ちる。また一滴。
それは、事実、ほかに重なる音も、それに前後して続く音もない、高い単音だった。それが、ほんとうのしずくに聞こえた。
シンクレアの魂から、一滴一滴しぼり出されて落ちていく。まさに、涙の音のようだった。
(高村薫, 「リヴィエラを撃て」)