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2005年02月24日

「終戦のローレライ」

今、「終戦のローレライ」を読んでいる。

出版された時から、タイトルでまずちょっと魅かれ、本のあらすじを見て、かなりぐっと来てはいた。装丁も美しかった。しかし、いかんせんハードカバー。しかも2冊組。持ち歩くには厳しすぎる。そこで見送った。しかし、映画化との関係からか、単行本4冊になって刊行。さっそく飛びついてしまった。

潜水艦ものである。もう、これだけで読まねばならない気になってしまう。

潜水艦は、あらゆるものを「音」で感知して進む。太陽の光さえ届かない冷徹な深海を、音だけを頼りに注意深く進んでいく様子を想像しただけで、ちょっと荘厳な感じである。
また、艦橋というか、ブリッジというか、司令室の微妙な狭さもポイントである。水測長(測的長)が「艦長、敵艦を距離3500で捕捉」とか「このピッチの音は...ガトー級です」とかいうのを、指令用マイクを持って頷きながら聞いている艦長(当然、潜望鏡に寄りかかっている)。絶妙な緊張感。
で、「魚雷管1番2番、注水。魚雷装填」「魚雷管1番2番、注水。魚雷装填(副長が復唱)」とかいうあの、独特の復唱システム。艦長は攻撃と発令に専念して操艦は副長が司るっていうところも、熱い。

という訳で、読み進めているのですが...

え?「ローレライシステム」?海の中のものが「見える」システム?...

うーんと、これは...潜水艦ものだよね...

いや、面白い。面白いのだが...と、首を傾げつつ、明日へ続く。

2005年02月25日

LORELEI

先日の続き。

「終戦のローレライ」、まだ全部読んでいない(ただいま3巻半ば)のだが、ストーリとしては以下のようなものである。

終戦間近の日本。降伏したドイツから日本に極秘裏に譲渡される密約が交わされた潜水艦「U4F(ゼー・ガイスト)」は、特殊兵器「ローレライ・システム」によって、周囲を「知覚」して潜航、攻撃が可能である。しかし、「U4F」は、日本近海にて、米国潜水艦との戦闘中に「ローレライシステム」の中核を成すU4Fの子機(ナーバル)を投下してしまい、その魔法を失ってしまう。日本海軍は「ローレライ」による特殊作戦の断念を決断したが、将校の一人、浅倉は周到に「U4F」補給・修理を行った上で、半ば寄せ集めとも思える絹見艦長以下の人員を配属し、戦利潜水艦「伊507」として出撃させてしまう。最初の任務は、「ローレライ・システム」の改修。「伊507」は魔力を取り戻し、日本をあるべき終戦の姿に導くことができるのか!!

みたいな話しなのだが、その「ローレライ」の鍵は、小型潜水艦「ナーバル」に隠されているのである。実は、「ローレライ」は潜水艦の周囲の状況を「映像」として投影できるシステムなのだが、その感知方法は、一人の特殊な能力を持った少女(パウラ)の脳波を読み取るというものなのだ。パウラは水に接しているものの気配や様子を感知できる能力の持ち主で、「ナーバル」に単身乗り込み、体の半分を水に浸すことで「ローレライ」を作動させていたのである。

さて、ここで気になるポイントがある。「終戦のローレライ」の主人公の一人は、このパウラに淡い恋心を抱く折笠という工兵上がりの元特攻隊員。戦いに巻き込まれた若者の一途さと、若者に頼らざるおえない大人達のストーリである。
そして、少女パウラは「ローレライ」稼動のために水中に浸ってなければならないので、ゴム製のウエットスーツのようなものを身に着けている。で、「ナーバル」は半分くらい水浸しになっているわけである。

どっかで聞いたことあるぞ、この展開。そう、「エヴァンゲリオン」に似ている。

途中、海底に沈んでいる「ナーバル」を折笠が助けに行く際にハッチを空けるシーンがあったりして、思わず、「手に火傷する!!」とか思ったりしてしまう。
既に脳内では、「パウラ」は「レイ」になっている。

これからどうなっていくのか、絹見艦長(「まさみ」と読む。通称まっぴー)の操艦に期待大。

2005年03月21日

Number 25周年傑作写真選

どのカテゴリーに入れようか迷ったが、とりあえずbookに。

雑誌「Number」は結構好きで、ほとんど買っているように思う。その「Number」が創刊25周年ということで、過去の名写真を綴った記念号(Number Plus)を出した。当然購入。

素晴らしい写真の数々に、ただただため息。本当に素晴らしい。スポーツで極限状態にある人間の姿や、自分の思い出とフラッシュバックする感動のシーンを、大胆な構図で見事に切り出している。ドーハの悲劇のラモスの後姿とオフトの姿勢、98年W杯の中山のヘディングシュートの行方と、めくれ上がる芝の躍動感。前園、城、中田、そしてカズ。
アイルトンセナ、伊達公子、佐藤琢磨。そして若かりし頃のアスリート達の姿。

機会があれば是非、一度手にとって見て頂きたい。写真の素晴らしさ、一瞬を切り取る力を感じる一冊。

2005年03月30日

朝の電線はさみしい。

おかざき真里の「サプリ」の二巻が出た。今最も注目している女性漫画家。優しくて、透明感があって、本当に切ない空気感の描き方が実に素晴らしい。最新刊も期待に違わぬ出来だった。

広告代理店に勤める「藤井ミナミ(28)」が、惰性で付き合っていた彼と別れ、仕事と新たな恋愛、人間関係に不器用ながら向き合っていくというのがストーリラインだが、とにかく、絵の構図と言葉の選び方が絶妙。言葉に、魂が入っている。

"化粧品とか 服とか流行とかおいしいものとか
武器はいっぱい揃ってるのに いっぱいあるのに
たったひとつ 持っていないもの
かわい気"

今回のハイライトは、雨の降った次の日の朝、藤井が一人で帰るシーン。「朝の電線はさみしい。」という藤井のモノローグ。朝の持つ切なさを藤井が感じていることが、ストレートに伝わってくる。ここで電線にフォーカスするところが、おかざき真里の凄いところだと思う。

"失敗した夜 でもそれを乗り越えて 次の約束
あー しまった これだあ 愛が来たあー"

藤井と、藤井が好きな"萩様"との距離は、近づきつつも、重なりはしない。
三巻が待ち遠しい。

2005年06月18日

リヴィエラを撃て

大学生だったころに読んだ高村薫の傑作「リヴィエラを撃て」。

もう三回くらい読み返していたのだが、最近記憶が薄れてきた(最近読んだ人と微妙に話しが食い違う)のでもう一回読みたいと思っていたが、我が家の本砦の前に捜索が頓挫していた。
仕方が無いのでもう一度買って読み直している(笑)。

大丈夫、この本にはそれだけの価値がある。読み終わった暁には”職場用”として利用可能だし、問題無い。

物語はIRA出身の元テロリストのスナイパー、ジャック・モーガンを軸に、幼少時代の親友である天才ピアニスト(兼、国際スパイ)のノーマン・シンクレア、MI5やMI6等の英国諜報部、CIA、そして日本外務省が複雑に交錯しあいながら、白髪の東洋人スパイ『リヴィエラ』の秘密に迫っていくという重厚な作品。

まず、プロットが素晴らしい。そして細部まで精緻に書き込まれた描写と、人間関係の機微がそれを引き立てる。ジャックの恋人リーアン、シンクレアとの交流や、シンクレアの友であるダーラム公とその妻レディ・アンの友情と恋愛感情と駆け引き、それぞれの所属する組織と立場と、それを超越した感情とのせめぎあい等が書き切られている。

テロリストとして、スナイパーとして殺人を犯し、成長したジャックが、シンクレアの正体を知ってから彼に出会うシーンは何度読んでも胸に迫る。

「私は、君の許しは乞わない。君をずっと愛している」
「僕も今は殺人犯です。サー・ノーマン、あなたのことは生涯忘れません・・・」
「サーは要らない・・・。私も君を忘れない」

短い逢瀬の後、ジャックがいえなかった言葉、「サー・ノーマン、僕は生まれ変わりたい。いつの日か、どこかであなたと出会いたい。そのときは、ピアノとウィスキーとバラの日々だ。そのときは、僕はテロリストではなく、あなたはスパイではない。」、そして万感の想いを込めた「ノーマン!」と叫ぶシーンは、作品中屈指の名場面である。

大人になったらまず読むべき作品の一つ。

2005年06月22日

ハチミツとクローバー

基本的には流行りもの(正確には、既に流行っているもの)には比較的手を出さないのだけれど、売れるものにはそれなりに理由があるわけで、ちょっと前から気になっていた漫画「のだめカンタービレ」と「ハチミツとクローバー」を読んだ。平行して読むというちょっと器用なことをしていたが、「ハチクロ」の方が既刊の巻数が少なかったので先にキャッチアップ。

面白い、というか、ちょっとハマる。基本的には、大学を卒業するかしないかくらいの美大生と美大卒業生による恋愛物語。わりとオーソドックスな作風だとは思うが、シンプルな絵と、セリフ(言葉選び)でさわやかな、淡い、それでいて時として残酷なほどの切なさが印象が残る。読後感で勝負する作品なのかもしれない。そうだとすると、ちょっと新しい。

後、突然入るとんでもない暴走(主に森田先輩が引き起こす)が、笑いを呼ぶ。森田先輩は”うすた京介”の漫画に出てきてもおかしくない。

基本的に皆が一方通行の気持ち(あるいは自分の気持ちに気づかない)を持って、不器用な恋愛をしている。そういう普遍的なシュチュエーションに弱いのかもしれない。

一番お気に入りのアングルは「真山」-「山田」-「野宮」。鉄人山田がお気に入り。

印象的なシーンとセリフを幾つか。

「ほんの少しでも 少しだけでも
 あなたの心が 私にかたむいて くれないかって
 
 どうして私は 夢を見てしまうんだろう
 くりかえし くりかえし
 あきもせず バカのひとつ覚え みたいに」
(羽海野チカ, 「ハチミツとクローバー」)

花火大会で、山田が片思いの真山に浴衣を褒められたシーン。山田の切ない心情が響く。


「何でなんだろう 俺は それまでずっと
 大人になった女は 自分のために唄を 歌ったりなんて
 しないんだろうと  思っていた」
(羽海野チカ, 「ハチミツとクローバー」)

真山の理花さんへの想いも切ない。

森田さんは「ごめん」「ごめん」とくり返し
「今度どこか遠くへ行くときはテレビ電話をおいてゆくよ」と
大マジメな顔で約束してくれた

それから2人で手をつないで家に帰った
自分の事を祈れない私は
かわりに
このあったかい右手の持ち主のしあわせを
浮かぶ月に祈った
(羽海野チカ, 「ハチミツとクローバー」)

山田と森田さん。「テレビ電話をおいてゆくよ」という森田さんに、幸せを祈る山田。

一つ一つのシーンをピックアップすると、べたべたな作品なようにも見えるが、これらがとっても"さらっと"しているのが凄い。色々な意味でシンプルでシャープ。
やはり人気があるのには理由がある。

2005年07月12日

森博嗣について

昨日、出張の関係で名古屋大学に行った。そう、かの有名な"N大"のモデルとなった「聖地」である。

そろそろ、森博嗣について語ってみよう。

彼に出会ったのは大学1年生の春。彼がデビューしてすぐの時だ。当時、大学に入って電子メールが使えるようになって直に、ファンレター(という程のものでも無いが)を出した。相手は、小学生の時から読んでいたミステリィ作家の太田忠司。ちなみに、太田さんは名古屋在住の小説家だ。
たしか「小学生の時から読んでます。これからも体に気をつけて頑張って下さい。」というような旨のメールを書いたような気がする。数日後、太田さんから律儀にも丁寧な返信を頂いた。その中に、「名古屋出身のミステリー作家仲間が出来ました。森博嗣という方で「すべてがFになる」という作品でデビューしています。面白いので、もし良かったら読んでください。」というような文章が添えられていた。

早速、書店に買いに行き、読んだ。わき目も振らずに読んだ。
面白かった。確かに、面白かった。これまで読んできた国内ミステリィの中ではずば抜けて面白かった。

キャラクタの個性が際立っており、それが好みであったこと。会話の雰囲気が好みであったこと。そして何よりミステリィとしてのストラクチャが好みであった。

刊行ペースも際立って早かった。そして、これから出版予定のシリーズのタイトルがずらっと並んでいた。そう、森博嗣はデビューした時点で、既にシリーズ作家だったのである。メフィスト賞も、森博嗣のデビューに際して作られたというのだから凄い。

講演会にも行った。初めての講演会は名古屋大学の学園祭の時に開催された。頂いた名刺は名古屋大学助教授のものだった(後の講演会では講談社が作ったものであった)。

色々な作品、作風で書かれているが、テイストは共通。稀有な才能を持っていると思う。森博嗣の「才能は眠らない」という言葉は印象的。

一番印象的なのは、やはり最初に出会ったこの台詞。「すべてがFになる」の表紙に書かれている本文からの引用である。

「先生、現実って何ですか?」
「現実とは何か、と考える瞬間にだけ人間の思考に現れる幻想だ。普段はそんなものは存在しない。」
(森博嗣、「すべてがFになる」)

うちにある「すべてがFになる」の引用文には誤植がある。「言った」か「答えた」かの差。

沢山の人に森博嗣を勧めた。理由は簡単。この面白いミステリィについて話が出来る、仲間が欲しかったからである。今では沢山の人と作品についてディスカッション出来る。これ以上の幸せは無い。

2005年08月02日

DEATH NOTE

だいぶ乗り遅れている感があるが、「DEATH NOTE」を読んだ。かなり面白い。

死神が持つ名前を書くと人を殺せるノート「DEATH NOTE」を偶然拾い、犯罪者を裁いて行くことで新世界の秩序(犯罪を犯すと「DEATH NOTE」に裁かれ、死んでしまうという恐怖を抑止力にした秩序)を作り出そうとする人間と、犯罪者を私的に裁くことを許さず、「DEATH NOTE」の持ち主である殺人者を法の下に裁こうとする人間との、命を懸けた壮絶な駆け引きがメインのストーリーライン。

「DEATH NOTE」保持者である夜神 月(やがみ らいと)と、操作の指揮を執る"L"の心理戦を、見事な画力と緻密な構成で描ききっている。月のノートの使い方なんて「本当に良く考えるよなぁ。」というシロモノ。

個人的には、"L"がお気に入り。姿勢が悪く、歩き方もどこかおかしいし、いつも甘いものをパクパク食べている姿はどこかユーモラス。言っていることは論理的で、冷徹なのだが、時折、コマの隅で変なポーズを取っているのも見逃せない。

月と"L"がテニス対決をする回があるのだが、そこだけ「テニスの王子様」みたいになっていたのもちょっと面白かった。

最終的に「DEATH NOTE」はどうなっていくのか。また新たな楽しみが増えてしまった...

2005年08月20日

ハイオク満タンで (「ハチミツとクローバー8巻」)

昨日発売になった「ハチミツとクローバー」の最新刊8巻を読む。
今回は"特製カルタ"がついている特別版も同時発売。当然、カルタ付きを買う。

真山、山田を中心にした関係が、野宮と理花を含んで大きく動き出す。注目していたアングルの進展に思わずのめり込む。野宮さんのかっこよさが際立つ。

「1人で泣いてろっっ!」
「1人で泣いててくれよ」
「頼むから、他の男の前で泣かないでくれよ?」
(羽海野チカ, 「ハチミツとクローバー」)

鳥取で一人呟く野宮さんにぐっとくる。
「ハイオク満タンで」の下りも実に男らしいシチュエーション。この行動力が大人の証拠か。

しかし、花本先生に続く「大人キャラ」だった野宮の不器用な一面が垣間見えるのが、実にカッコいい。青春スーツを再装着した野宮さん、今後どのようにストーリラインに関わってくるのか、興味深い。

2005年09月13日

「のだめカンタービレ」13巻

「ハチミツとクローバー」、「デスノート」と共に読み始めた人気作品の最新刊。

舞台がパリに移り、これから世界に羽ばたく(であろう)千秋様とのだめを中心にストーリが進んでいる。
しかし、千秋様とのだめの微妙な(奇妙な)恋愛関係に物語がフォーカスされてきているような気がするのだが、どうだろうか。

もちろん、ちょっと死にそうに面白いコマとかもあるし、ストーリが間延びしているわけでも無いと思う。分析するに、千秋様の「俺様」振りが弱まり、のだめにほだされている感じが釈然としないようだ。
千秋様には、もっと毅然とした態度で、黒王子として孤高の存在を守って頂きたいものである(笑)。

2006年01月08日

None But Air

周りには、空気しかない。
何も無い。
命も、死も。
(森博嗣、「ナ・バ・テア」)

森博嗣の作品。もちろん、ハードカバーでも、ノベルスでも持っていて読んでいるので、今回の文庫版で3回目となる。このシリーズはハードカバーの装丁が非常に綺麗で素晴らしいが、今回の文庫版も、なかなかシンプルで好ましい。

作品の内容も良いのだが、今回は、よしもとばなな氏による解説が珠玉。
非常に平易な言葉と文章で、実に複雑で、きらきらとした感情や心理を表現している。
切れ味の鋭い文章、本物の貫禄。こういう美しい文章に触れると、言葉の可能性を感じる。

既読の方も、良ければ是非。

2006年01月26日

Down to Heaven

撃とうと思う前に撃て。
そうすれば、誰も、お前を墜とせない。
(森博嗣、「ダウン・ツ・ヘブン」)

2006年05月23日

MASTERキートン

浦沢直樹氏の「MASTERキートン」は人生のバイブル。生きていくために大切なことはほとんどこれに書いてあると言っても過言は無い珠玉の作品である。

「MASTERキートン」について書いていくと、概要だけでだいたいA4で10枚くらいの分量になってしまう。飲み会でも3時間はこれについてだけ話せるという代物だ。
「MASTERキートン」の印象に残ったサブタイトルを言った時の相手の反応で、自分とのフィーリングを判定できるくらいである。

しかし、後世まで残して生きたい名著であるこの「MASTERキートン」、現在出版社の都合によって絶版になっている。これは実にもったいない。すべての人に読んでもらいたいくらいの作品が失われていくのは人類にとって大きな損失。何とか問題を解決して頂きたいものです、小学館様。

2006年05月27日

ダヴィンチ・コード

巷で話題の「ダヴィンチ・コード」。残念ながらまだ映画は見に行っていないが、原作の方はこの前のフィラデルフィア出張からの帰りに読了。思っていたよりもシンプルなストーリ。
大学教授が巻き込まれ型でスリリングな事件に関わり、専門を活かしながらヒロインと協力しつつ謎を解くという展開は、さながらアクションの無いインディ・ジョーンズといったところ。

そういう意味では小説よりも映画向けなプロットかもしれない。しかし、秀逸なのはタイトルだ。原作を未読の方もいると思うのであまり触れないが、作品で扱われている「暗号」は、ルーブル美術館の館長が出しているもの。ダヴィンチの暗号を解き明かしているのでは無い(ダヴィンチの暗号は主人公達の専門分野で、最初から主人公の既知の知識なのだ)。
それでもタイトルは「ダヴィンチ・コード」。手にとらせれば中身は面白いから、ヒットする。見事なタイトルではないか。

2006年05月29日

NANA

昨年映画まで公開され大ブームとなった(はず)の「NANA」。遅まきながらやっと13巻まで読んでみた。

確かに、実際にあるもの(場所や洋服など)と作品世界が上手くミックスされていたり、サクセスストーリと恋愛模様のスパイラルな構造など、新しい要素はあると思う。しかし、展開は実にオーソドックス。
華やかな音楽業界とか、おしゃれな男女とか、東京の一人暮らし(あるいはルームシェア)、何となく憧れる要素がちりばめられている。そこが人気の秘訣なのだろうか。

おかざき真里や小野塚カホリ、羽海野チカが構築しているのとはまた別の世界観。とりあえず、続きは凄く気になる。

ちなみに、個人的にはナナ(歌手の方)よりもハチ(恋に恋する方)の方が「絶対こんな女の子は居ない!」と思うのだが...世間の女の子達はどちらに感情移入するのだろうか。そこもちょっと気になる。

2006年06月02日

時をかける少女

昨日、ふと本屋に立ち寄ったら、文庫の新刊コーナーに気になる本が。
表紙のイラストを一瞬見て、「これは...」と手に取る。間違いない、貞本義行氏のイラストだ。さすがの秀逸さ。

これが筒井氏の「時をかける少女」の新装丁版だった。当然のようにお買い上げ。

で、久しぶりに読んでみたのだが、やはり面白い。シンプルなプロットの上で、ともすれば説明がちになってしまうSFの要素を分かりやすく、平易な文体で書かれた短編はとても魅力的。やはり、名作は色あせない。

ちなみにこの「時をかける少女」、どうやらアニメでリメイクされるらしい。
そういえば、原田知世主演の映画版は、主題歌をユーミンが作っていた。最近聞いてみたらサビの部分なんてユーミン色全開だった。当時はまったく気づかなかった。大人になったものである(笑)。

2006年06月07日

甲子園なんてものは、

ひょんなことから、あだち充の名作「タッチ」を再読。有名な作品であり、何度も読んでいるのだが、何回読んでも面白い。
特に、上杉達也が3年生になってからの甲子園地区予選大会の試合を重ねる毎に高まる緊張感と、その頂点であり、宿命のライバルの新田君率いる須見工戦は珠玉の出来。王道中の王道の展開であるが、もう、あまりの緊迫感と盛り上がりに鳥肌が立つ。

そして、緊張の極限状態から結果が決まった瞬間、プールサイドのシーンがカットインされ、そこのラジオから試合結果が流れる。見事な動から静。主観から客観。漫画という表現のすばらしさ。

その後、須見工の監督から語られる言葉は、深い。

「甲子園なんてものは、ただの副賞だったんだよな。
その副賞に目がくらんで、
相手のスキをついたり だましたり 勝負を逃げたり、
そんなことばかりエスカレートされたんじゃ、
教育者のはしくれとして
心が痛い。」

やはり、名作はいつまでも色褪せない。

2006年06月16日

「天使と悪魔」

話題の「ダビンチ・コード」の前作、「天使と悪魔」が文庫化されたので読んだ。

「深夜プラス1」や「幻の女」等の流れを組んだ、時間制限の中での緊迫したサスペンス。作品のプロットとしては「ダビンチ・コード」よりも、むしろこちらの方が秀逸では無いだろうか。

そしてラングドン教授の活躍は、まさにインディジョーンズクラス。やっぱり、ハリソンフォードにやってもらうべきなのでは...

2006年06月23日

サマー/タイム/トラベラー

読んでいた本が終わったので、次に読む本を物色しに本屋にいったところ、かなり遠くのハヤカワ文庫コーナーで気になるイラスト(っぽい)を目の端に確認。手にとって見た所、やはり。表紙が鶴田謙二。

そんなことでジャケ買いして読み始めた「サマー/タイム/トラベラー」。偶然にも「時をかける少女」と同様の時間旅行もののSF。ほのかに香る青春小説的な雰囲気がなかなか好ましい。
たまには殺伐とした殺人事件ではないものも読まないと、という時にはお勧め。

2006年07月10日

男側のものがたり - 「サプリ」

このblogでも度々取り上げている、おかざき真里の「サプリ」の4巻が刊行された。紫を貴重とした美しい装丁。月9のオビは蛇足だが、内容の充実度は他の追随を許さない。

今回は主人公である藤井ミナミと、同期の彼である荻様との間に大きな変化が起こる。藤井の気持ちと荻原の間に差が生まれていくストーリは、藤井のこのようなモノローグで始まる。

"ふっと 見上げた空が きれいだったり して

きれいだねって 言ったときの
きれいだねって 返事を ききたくなって
すごく ききたく なって

会いたく
なる"

この後に続くストーリを感じさせる切ない空気感。そして全巻から登場している演出家の高田(コーエツ)と写真家の佐原にまつわるエピソードも深みを増していく。特にコーエツと柚木の関係については胸を打つ言葉の宝庫。

"このふたりは お互いをわかりすぎてて
想いすぎてて 大事にしすぎてて

ふたりの将来の選択が 健やかなものでありますように"

それに柚木がコーエツを思う気持ちは深く響く。

"-奥さんのこと どれくらい愛していた?
あたしはあんたといると 卑小な女になるよ"

そして、男側のものがたりは、彼女たちの感覚とズレていることを主張する。さすが、おかざき真里。人生の機微ってものが感じられる作品。

"たくさん持ってるじゃない 仕事も オシャレも

趣味も 美味しいお店も知ってるし
株から 遊びも 経験も

なのに 恋愛だけが 私たちを 傷つける
くやしくない?

もうそれだけで おなかいっぱいに なる歳でもないのに"

2006年09月08日

ハチミツとクローバー

終わった...

綺麗に終わった。キチンと終わっていた。
ちょっと胸が一杯でコメントできないし、まだ読んでいない人も多いと思うのでストーリは書かないが、今回もグッとくる台詞が多数。
野宮さんもかっこいい。

そして、修ちゃん。

2006年09月12日

λに歯がない

森博嗣の新作。氏のメインラインともいえる、S&Mの流れをくむこのGシリーズも5作目。ミステリィとしてのSSS(シンプル・シャープ・スパイシィ)感も前作の「εに誓って」あたりから非常に洗練されてきているように感じ、とても楽しみ。相変わらず、余韻と疾走感を緩めない終わり方が独創的。
とはいっても、一番の楽しみは犀川先生と萌絵の関係。相変わらず素敵な会話を展開してくれているし、前よりもお互いが、お互いに"優しく"なったように感じる。

犀川がいなくなったら、と考えたとたんに、目頭が熱くなった。
ああ、涙がある、と思う。
西之園は呼吸を整え、すぐに涙を止めた。
まだ、泣かなくても良いのよ。今のは演習です。訓練です。大丈夫。
犀川がこちらを見ているので、彼女は優しく微笑んで見せた。
(森博嗣、「λに歯が無い」)

2007年01月17日

ηなのに夢のよう

森博嗣の新作「ηなのに夢のよう」を読了。

これまでの作品を繋ぐミッシングリンク的なというか、物語の大きな展開を予感させる。

個人的には、S&Mシリーズの気分で楽しめたので大変良かった。やはり、犀川先生と西之園君がたくさん出てくると話が引き締まる(気がする)。国枝先生も相変わらず素敵だ。
紅子さんをはじめとしたVシリーズのキャラクタ達も含めて、物語がどのように進んでいくのか楽しみだ。しかし、真賀田博士は圧倒的な存在だ。森ワールドのジョーカ的位置づけ。

でも、一番好きなところは、犀川と萌絵の会話のシーン(笑)。

「ああ、じゃあね、出しておくよ」
「え、何をです?」
「月を」
(森博嗣、「ηなのに夢のよう」)

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